脳科学の進展にもとづいた催眠療法
“心の病”は治せるのです。人間関係や環境などからの“いろんな精神的苦痛“も、解消できるのです。いままでなおらなかったとしても、諦めないで、この本の内容を信じて、治すことができることに期待してください。
心がトラウマを受けると、脳も確実にダメージを受けているものです。そのことが最近の脳科学で実証されています。この脳のダメージを回復させるには、過去の自分のままではダメなのです。現実にうまく適応するための、新たな自己向上を図るための心理療法と、心の深層である無意識領域の癒しが必要なのです。心の傷を癒しながら、根本的に自己を再構築しなければなりません。
催眠療法は、心の病やどうすることもできない精神的苦痛を解消するのに、すばらしい効果を発揮します。そして今、催眠療法について語るとき、ここ数年の脳科学の発展について触れないわけにはいきません。
脳科学の技術的な進歩で、視覚的に、脳の働きや疾患部分も見ることができるようになり、高次脳機能の解明やゲノム解析の飛躍的進展により、心を、分子生物学の分野でも捉えることができるようになったことなどに注目しなければなりません。
今や、フロイト(1856~1939)の理論は、現代の脳科学で裏付けられる部分や否定される部分があります。フロイトの時代には見ることができなかった脳の高次機能が見えるようになり、これまで無意識の働きとして捉えられていた、心の深層が明確になってきたのです。
意識とは何か、無意識とは何か、これら二つの世界が実は脳の違った部位での神経細胞の働きであることが実証されています。意識とは、大脳新皮質の前頭連合野の働きであり、無意識とは大脳辺縁系の海馬や扁桃体を中心にした情動系の働きなのです(第6章、P241参照)。
そして、私たちの意識(意識を司る前頭前野)は、無意識の領域での脳の活動を、すべて意識化(認識)することはできないでいます。このあたりはフロイト以来の深層心理学と同じなのです。
私たちが“心の病”に陥ったとき、脳の無意識の領域がダメージを受けています。そして、長期の心理的ストレスによる、生理的・神経的反応の結果、さらに、脳内のダメージが悪化されているのです(第3章、P136~139・第6章、P244~246)。
ダメージを受けた脳を回復させるメカニズム
ここまで分かった現代において、催眠療法を昔ながらの手法で行っても、それだけでは根本解決にはならないということを理解してほしいと願います。
あなたの知識として持っていた“催眠療法”のイメージは、もう過去のものです。
マインド・サイエンス独自の催眠療法は、心理療法の重要性をふまえ、理性に訴えながら、催眠状態による暗示で無意識の領域の情動に働きかけることを行います。
心の病で苦しんでいるとき、トラウマ(心の傷)や慢性的なストレスにより、脳の組織にダメージが生じているのが明確なのに(第6章、P244参照)、何回か催眠をかけて暗示を与える一般的な昔ながらの催眠療法だけでは、治せるものではありません。
すでにダメージを受けた脳機能を元に戻すためには、的確な心理療法が必要なのです(第1章、P56参照)。無意識の領域である、傷ついた情動系の不適切な興奮や機能異常をコントロールするために、意識の領域であり理性の領域である前頭連合野が正しく機能するようにしなければいけないのです。
前頭連合野は、前頭前野、前頭葉とも呼ばれちょうど“額の裏側”の脳の部分です。ここは、生まれてから経験(学習)した多くのことが記録されています。
親子関係を含んだ環境に問題があり、子供時代に不満や葛藤などの満たされない経験があれば、この脳部位の働きである認知に問題を残します。また、同時に悲しみや虐待などの強い苦痛を味わっていたとしたら、情動系の領域(大脳辺縁系)の神経細胞にその時の刺激による条件付けができます。
条件づけられた神経回路(ニューラルネットワーク)は、何らかの条件刺激が生じると、環境の中で反射的に働き始めます。
本来は無意識領域の情動系での反応を意識が察し、不適切な反応と理性が判断したら抑制をかけるのですが、トラウマがらみの条件反射による情動系の混乱は、理性の場である前頭連合野ではどうすることもできなくなるということがわかっています。
適切な心理療法が必要だといっているのは、表現を変えれば、理性の場である前頭連合野が不適切な情動系の混乱や暴走に対し、正しくコントロールできる力を取り戻してやるためなのです。
そのためには、意識の世界に、無意識の混乱は「こういった過去の出来事が原因なのだ」、「抑制しなければいけないことだ」ということを、理解させる必要があるのです。退行催眠療法の価値はここにあります。
意識の場が、理性的に因果関係を捉えることができ、本来どうあるべきかの的確な判断ができるようになれば、無意識の混乱は収まり、その結果、症状が治り、精神的苦痛や問題からも開放されるのです(第5章、P.185・第6章、P247参照)。
もちろん、長期間に形成された脳自体のダメージの回復を待つ時間も必要です。それゆえに、脳のダメージが早く修復される努力も、忘れてはなりません。
私は、心理療法における意識・無意識領域への最適で迅速な合理的アプローチには、催眠の技術は欠かせないと思っています。
3、認知の修正
ストレスが心の病を生み悪化させる
心理療法において重要なものの一つに、認知の修正があります。ストレスに対する個人のとらえ方や感じ方(これを情動認知スタイルという)が無視できない影響を持つことが分かってきました。
長い人生の年月の中で形成された認知のゆがみを見出し改善していくことが重要になるのです。
人は思い込みや勘違いで生きているといっていいほど、勝手に悩み勝手に苦しんでいるところがあります。これまでのトラウマや誤った自己イメージを修復するための正しい価値観や考え方を身につけることで、人間関係や環境に対する認知を見直すことが出来るように、心理療法と催眠療法で意識と無意識に働きかけ、ストレスから開放されることが必要です。
幼児期や成長期に形成され、内在化しているネガティブな自己イメージや内なる声によって繰り返された、ネガティブな思考を修正する手段としての正しい学びが必要になってきます。
人は自分なりの信念や道徳観などの信条にそって生きています。しかし、何かのきっかけや誘惑でそれらに反した行動をとると、反射的に言い訳を考えて自己の決断や行動を正当化します。
ところがそういった状況が続き、無意識の領域で罪悪感を感じてしまうと、人は自己の決断を正当化させるために、誤った結論で自分を納得させようとします。これを心理学では誤帰属と表現します。
このような意識上の心をごまかそうとする無意識の働きが心の葛藤を作り出し、心の病へと発展させるのです(第3章、P121参照)。
ストレスは心の病の原因であり、またさらに悪化させてしまう元凶です。心の病で苦しんでいる時には、このストレスをいかに早く解消させるかが重要な課題なのです。
人がトラウマと呼ぶような体験をしているとき、脳と身体ではストレス反応が起こっています。ストレスは内分泌系、自律神経系、免疫系の3つの重要な働きを壊していきます。これが心の病を作り出す原因であり、悪化させる原因でもあるのです(第6章、P244参照)。
癖は心の条件反射
意識で努力してもどうにもならない心の世界は、無意識が支配しています。この無意識の世界で働いている、条件反射という機能があります。人には反射機能が働いていて、身体的反射だけでなく精神面での反射機能が脳の情動系に作られます(この情動に関しても、後ほど詳しく説明します)。
心の病で経験する予期不安や様々な恐怖は、すべて条件付けによって情動脳に形成された心の条件反射なのです(第4章、P170・第5章、P174参照)
それゆえに、体験が繰り返されるごとに強化され、消失させにくいやっかいな症状となってしまいます。こうした知識をもとに、どうすれば改善できるかを理解し治していくのです。
もう少し簡単に説明しますと、子供たちが大好きなケーキを、ある特別な検査の後に、ご褒美として与えられていたとします。この検査後は、子供はもちろん大人でも、胃の不快感が出るとしましょう。
子供たちは、初めのうちは喜んでケーキをもらって食べていますが、数度目からは、ケーキを食べることを嫌がるようになります。
子供にとっても、胃部の不快感は食べることにつながって考えてしまうので、もらったケーキを食べると、胃の調子が変だと結論付けるようになります。しかしこれは間違った結論付け(誤帰属)です。(第3章、P128参照)
子供たちの知識による意識では、胃部の不快感とケーキが正しく関連づけられることなどけっしてないのですが、2~3度続けて胃の不快感を経験してしまうと、それまで大好きだったケーキも、なぜか段々と嫌いになってしまうのです。
もちろん、原因が意識で理解されないまま、時間の経過と共に、同じ味がするケーキ全般に拒絶感は広がっていく可能性があります。このように、知らず知らずの内に子供たちのなかに条件回路が出来上がり、その条件反射に影響を受けて生活することになります。
この条件反射は、一般に“癖”として認識されています。人の顔色をうかがう癖、緊張する癖、心配する癖、落ち込む癖、不安がる癖などの心の癖=傾向は、遺伝子の影響などとも絡み、環境によって個人的傾向が作られていくのです。
自分の癖に対する客観的認識が必要です。人と比較して、自分がどの程度強いのか、この癖はどのような環境の中で作られたものか、当時や現在の自分にどのように影響しているかをわかっておく必要があるのです。
無意識の仕組みを理解する
意識でとらえられない無意識の機能はどのようになっているのかを理解して、自分の心の働きをコントロールする術を学ぶことも必要です。心の病で苦しむ人の中には、子供のときから“心の取扱説明書”が欲しいと思っていたと訴える人もいます。自分の心でありながら、それほどてこずっているのです。
あなたが環境にうまく適応できずにわがままに生きているとします。もちろん周りが理解を示し、あなたの性格として受け入れているのですが、一見、楽に見えるこういった状況もだんだんあなたの心を冒していくのです。
なぜなら、あなたの周囲への甘えやわがままな身勝手な感情と行動は、無意識に潜むトラウマの働きだからなのです。容易に意識できにくい無意識の世界の仕組みが理解できていたら、もっと自分自身の心を理解でき、コントロールすることが出来るようになるものです。